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東京地方裁判所 平成7年(レ)49号 判決

控訴人(原告) 廣澤洪逸

被控訴人(被告) 玉木尋海

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

一  控訴人は「原判決を取り消す。被控訴人は、控訴人に対し、金三九万五三二一円及び内金五万八三四四円に対する平成六年三月一日から支払済みまで年四〇パーセントの割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文と同旨の判決を求めた。

二1  当事者双方の主張は、次のとおり付加するほか、原判決の事実及び理由「第二 当事者の主張」に摘示のとおりであり、証拠関係は、本件記録中の原審の書証目録及び証人等目録の記載のとおりであるので、いずれもこれを引用する(ただし、請求原因「4」とあるのを「3」に改める。)。

2  原判決一枚目裏一六行目の次に、左の記載を加える。

「特約事項 右分割金の支払を一回でも怠ったときには期限の利益を失う。」

三  判断

1  控訴人は、昭和五一年五月一〇日、被控訴人に対し、金九万四八〇〇円を、弁済期同年五月から同五二年四月まで毎月末日限り金一万円宛(その都度利息元金に充当し過不足金は最終弁済期日に清算する)、利息月六分、遅延損害金日歩三〇銭、分割金の支払を一回でも怠った場合は期限の利益を失うとの約定で貸し渡したこと、被控訴人は同五一年五月三一日の支払を怠り期限の利益を失ったこと、同時点までの弁済関係は原判決添付の別紙計算書のとおりであること、被控訴人が控訴人に対し平成五年六月一一日に金五万八六六五円を支払ったことは当事者間に争いがなく、本件貸金の最終弁済の日である昭和五二年三月一七日から起算して一〇年が経過したこと、被控訴人が平成六年七月二七日の原審における第一回口頭弁論期日において消滅時効を援用する旨の意思表示をしたことは当裁判所に顕著な事実である。

2  乙第一、第二、第四号証、原審における控訴人及び被控訴人の各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、控訴人は、平成五年五月ころ、被控訴人に対し、立替金五万八六六五円の支払がなされていないという趣旨の通告書(乙第一号証)及び訴状と題する訴訟物の価額として金五万八六六五円と記載された一枚の書面(乙第二号証)を送付したこと、被控訴人は、控訴人に対し、電話で右以外の債務の有無を確認したところ、控訴人は五万八六六五円が残金全額であり、それ以外には債務は一切残っていない旨返答したこと、被控訴人は右説明を信用し、東京へ行く手間と経費などを考慮し、控訴人との紛争を回避するため、同年六月一一日、右金員を支払ったこと、ところが、控訴人は、被控訴人に対し、右金員を中間金とし、未払損害金三三万三三一八円と記載した領収書(乙第四号証)を送付し、そこで被控訴人が問い合わせたところ、控訴人は前記五万八六六五円は中間金であって、なお損害金三三万三三一八円が未払であるなどと態度を翻したこと、が各認められる。

3  ところで、債務者が自己の負担する債務について消滅時効が完成した後に、債権者に対し債務承認をした場合、時効の援用が許されない趣旨は、時効の完成後、債務者が債務の承認をすることは、時効による債務消滅の主張と相容れない行為であり、相手方においても債務者はもはや時効の援用をしない趣旨であると考えるから、その後においては債務者に時効の援用を認めないものと解するのが信義則に照らし相当であり、またかく解しても永続した社会秩序の維持を目的とする時効制度の存在理由に反しないからである(最判昭和四一年四月二〇日民集二〇巻四号七〇二頁)。

そうすると、債権者が消滅時効完成後に欺瞞的方法を用いて債務者に一部弁済をすればもはや残債務はないとの誤信を生ぜしめ、その結果債務者がその債務の一部弁済をした場合にまで、かかる誤信を生ぜしめた債権者の信頼を保護するために債務者がその債務について消滅時効の援用権を喪失すると解すべきいわれはない。

4  これを本件について見ると、前記のとおり、本件一部弁済は、控訴人があたかも被控訴人において金五万八六六五円さえ支払えば本件貸金は完済になるかのような請求方法をとり、被控訴人に右金員を支払えばもう負債はなく、訴訟などになって東京に行く手間と経費を考慮すれば、右金員を支払った方が良いと誤信させ、かかる被控訴人の誤信に基づいてなされたものであるということができる。

してみると、本件一部弁済は時効による債務消滅の本件主張と相容れない行為と評価することはできず、また、本件一部弁済により、控訴人において、もはや被控訴人が本件債務につき消滅時効の援用をしない趣旨であるとの保護すべき信頼が生じたということもできないから、これによって被控訴人の時効援用権が失われるものではない。

5  よって、控訴人の本訴請求は理由がなく、これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから民事訴訟法三八四条によりこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき同法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 滿田忠彦 裁判官 市村弘 中村心)

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